こないだ他のブロクを見ていてALWAYS三丁目の夕日談話があったのですが、気になったので、まだ上映している場所を調べた結果、白石のディノスに見に行きました。
昭和30年代の話ですので、私が生まれたのは昭和35年なので、ちょっと上の世代の話になりますが、懐かしい場面が沢山ありました。

いきなりゴムのプロペラ飛行機がでてきて、子供の頃作って飛ばしていたのを思い出しました。でもまだ小さかったので作るのが難しかったのです。

テレビを買って、近所の皆が集まって、力道山の試合に夢中になっている場面。
私の世代だとちょっと違うのです。UHBで仮面ライダーが放映されたのですが、テレビにコンバーダーが付いている家しか見ることができなくて、最初は友達の家に見に行っていたのですが、そのうち親に駄々をこねて付けてもらったのを思い出します。

集団就職で上野駅に行く場面。そういえば今は亡き私の親友も中学の時家出をして、上野で警察に保護されたことを思い出しました。
私の世代で集団就職は、ほとんどなくなった頃だと思います。
みんなで列車に乗っている風景を今の若い人が見たら、だだの修学旅行と思うでしょう。

障子を張りかえる時、障子を破らしてもらえる快感!
子どもを追いかけるシーンで、下駄を履きながら走っていて、鼻緒が切れて転ぶシーン
三善英二の歌に、こんな歌詞の歌もあったような気が・・・(笑)

六子ちゃんが「オラァ、何もわからねけど、一生懸命がんばります!!」と
胸に手を当てて言ったシーン。淳之介が竜之介のところに帰るシーンなど
涙腺の弱い私には絶えられませんでした。

高校生の時、風という22歳の別れ、なごり雪を作った伊勢正三のグループの曲で、三丁目の夕焼けという歌が好きで、よくギターを弾きながら歌っていました。
工業高校が三丁目なので、部活でのランニングのとき、暑寒の山に夕日が沈んでいく風景を良く見ていました。
三丁目という言葉には思い出があります。

映画では、最後に東京タワーが完成してバックに夕日が沈んでいく風景でした。この頃の人と人との関係が今でもあれば最近の凶悪な犯罪なんか絶対起こらないと思いますね。